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ひろしま忠臣蔵(4)
ひろしま忠臣蔵
(Part3から約1年ぶりの更新)

 忠臣蔵サミットで一席ぶってまいりました。

 忠臣蔵サミットとは、赤穂市長の呼びかけで日本全国の「忠臣蔵ゆかりの地」の皆さんが集まり(加盟してる32自治体のうち今年は16自治体が参加)、去年なら兵庫県加西(小野寺十内の供養塔や、浅野家三がく寺のひとつ久学寺がある)、来年は京都(お家改易後に大石内蔵助が住んでいた)といった具合に毎年、開催場所を変えて開かれております。
 第30回。1989年創設。
(このたびの16自治体さん=北海道砂川市。岩手県一尾関市。茨城県笠間市。同・桜川市。東京都港区。同・墨田区。新潟県新発田市。愛知県西尾市。京都府山科区。兵庫県赤穂市。同・加西市。同・加東市。同・篠山市。岡山県津山市。熊本県山鹿市)

 今年の開催地は瑤泉院さまのふるさと

広島県三次(みよし)市!




▲イラストを担当しました。


 場所は美しい&広い市民ホールきりり。

 各地の代表が「誇れるわがまちと忠臣蔵」をテーマに取り組みなどをお話されたあと、もりいの出番。

 もりいの演説テーマは

「忠臣蔵 テレビのおはなしとゆかりの地と」

 ご依頼をいただいたのは2月でしたが、その時に予定していた演題は「忠臣蔵ゆかりの地あれこれ」。
 あとからテレビのはなしを足しました次第。

 忠臣蔵サミットにとってテレビのはなしといえば、みんなで力を合わせてNHKに「2020年の大河ドラマはぜひ忠臣蔵を!」とこの数年お願いし続けていましたのに、結果的に明智光秀にきまっちゃった残念な件であります。

 ただ、放送のプロがいろいろ判断して「いまじゃない」と忠臣蔵を蹴ったのだから(あたしゃこの判断をボツではなく「先延ばし」と信じております)、今回は残念だけれどもヘタなものをやっつけられるより、「いまだ!」とノッて作ってくれたほうが良いというおはなしを、いろいろ例(松田定次の談話による忠臣蔵映画成功の秘訣。宝塚OGが語ってくれた忠臣蔵を再演しない理由など)を上げてお話しました。






▲会場にお越しの先輩方たちはご覧になってないかもですが広島では、例の「桃色つるべ」が奇しくもこの前日に放送だったそうです!


 ゆかりの地のお話はもりいが訪ねた各地の画像とともに、面白エピソード…どちらかというと現地讃美というよりも、誤解を承知で言うと「ぼやき系」の笑い話。
 どこそこの観光協会さんは電話で質問してもわからなかったとか、某所のタクシーの運転手さんは間違ったことを堂々と言っていたなど。もぉ、きらわれる覚悟でw。

 各地に言えるのは、どうせ他府県からうちの祭りなんぞには来ないだろうという油断。これがいろんなエピソードを産み、そして大切な運や縁を逃す。もしかしたら後に何百万人という観光客増員の手がかりを持っている人物かもしれない相手をのがしかねない、と思うのであります。
 たえず行動と自己愛を忘れずにというナマイキなまとめ方をしました(本心でもあったので)
 出会いは運や縁のなせるワザですが、そうしたミラクルは行動と自己愛で高められるとドイツの研究者が言ったとか言わなかったとか。

 40分しか時間がもらえなかったのでセカセカと話を進め(たぶん手話や同時字幕の方にはさぞやお骨折りだったと事と存じます)ましたが、公演のあとの懇親会では、じゅうぶん語らなかった部分をすごく「深読み」してくださって、いろんな方から「善処します」と言っていただけた。
 なんだか、すいません。
 語り口からはグチってるというより各地への「大好き」が伝わったのだと思っております。

 公演後、地元同好会「わらじ座」さんによる地芝居「南部坂雪の別れ」上演のあと閉会。




▲東京都港区の観光協会会長
 新正堂の渡辺社長撮影。



 まるっきり言い損なったことをココにてつぶやきますが、各地ご当地のPRポスター(およびホームページ等告知全般)にはよみがなを必須にすべきかと存じます。
 赤穂(あこう)も泉岳寺(せんがくじ)も山鹿(やまが)も加西(かさい)も、三次(みよし)も。
 読めて当たり前という姿勢は変えていったほうがいいと思う。
 その気遣いがあるかないかで旅行ビギナーをどう迎えるかの姿勢が示されると思います。
 興味をもった人のアウェイ感をなくしてあげられる。



 さて
 他の自治体の方たちとホテルはいっしょで、チェックインした後にそのホテルの会場でレセプション。

 オトナの集まりですからシンプルにご飯を食べるというわけにはまいらず、名刺交換などをいたします。(や、もちろんおいしいディナーもいただきつつ)

 興味深かったんですがやはり、忠臣蔵とのゆかり度合い&あたしが行ったか行ってないかが、宴会場でのコンタクトとの度合いとリンクした印象。
 おそらくは「今後一生会うこともない」ともりいを判断なさった(?)土地柄の方とはコンタクトの機会がございませんでした。あたしゃ必ず参ります。
(北海道さんはゆかりが薄いし出かけたことがないけど行きの車で仲良しになったので例外)






▲おみやげに地元ワインや菅谷半之丞太鼓もらいました。
 半之丞が三次時代に作った紙太鼓が由来。
 こういう心遣いがかわいらしいから日本、好き。



 三次はお神楽が素晴らしくて、ディナー中にパフォーマンスが始まり、釘付けになって後半の食事が手につかなかった人も少なくなかったのでは?
 ひとりでスタンディングオベーションしちゃいました。(あ、三次市長も立ってらっしゃいました)
 何団体かあるそうで、今回見せていただいたのは茂田神楽団…さんでしたでしょうか。すみません。呆然としていろいろチェック漏れ。

 本当はこの夜は鵜飼いを見せていただく予定でしたが、過日の西日本豪雨の悪影響で川がドロドロなので中止になってしまいました。
 あらためて被災地の一日も早い復興を祈るものであります。







一夜明けまして、三次観光。
(東京港区など不参加の自治体もいくつか有。)

 さあこれが
あたしにとっては大きなイベント!
約1年前にこの三次を訪れた時に見損なった「瑶泉院様の遺髪塔」「尾関山公園の瑤泉院像」が見られます〜!
(バックナンバーはこちら>●)

 で、こちらがソレ!




▲尾関山公園の瑤泉院像


▲鳳源寺 あっ義士堂の右を行くのかあ!


▲瑤泉院さまの遺髪塔(伝)



 去年うかがった時に「エキゾチックなお顔立ち」と先年のブログで申しあげた瑤泉院像は、建立当時放送中だった「元禄繚乱」の宮沢りえのイメージなんだそうです。
 …と、猛暑の中で汗だくになって(何度も言うように鵜飼い鑑賞を計画していたので、この時期のサミット開催となった)ガイドさんが説明してくださった。

 そうそう。
 でね、ガイドさん関係ですが、ちょこっと横の連携があってもいいな(特にこのような気候の場合)と思ったのが、移動バスの中でうかがった市の職員さんの説明が、ガイドさんの説明であらためて繰り返されることがある。話すほうも聴くほうもしんどい環境の中ではちょっとの工夫で状況を少しでも楽にできるかと。
 この年の7月下旬は気象庁が「災害レベル」というほど噛み付くような猛暑だったのです。
 さらに言うと、忠臣蔵の説明も大幅にはしょってイイです。
(そのわりに落合与左衛門の墓がどこにあるのかご存じなかった…。見たかっただによう。)
 でも、ボランティアのガイドさんへのリクエストって限界があるのかもな。

 余談ですが…
 忠臣蔵仲間との史跡巡りとの違いは、自治体の方たちはお賽銭もお線香もあげないところです(や、あたしもうっかり)




▲ご本堂でお茶をいただきました。


▲かわいい器!

 あたしも間違ってお茶の会とかに出ることがあるんですが、マネゴトでよく器をしげしげ見る仕草をすることがあります。が、今回ばかりはほんとうにしげしげ見ましたよ。これ






▲長矩夫妻像。
 瑶泉院様のポーズが印象的。



 お寺をあとにいたしまして、予定していた「君田のひまわり畑」…こちらも大雨被害で見られなくなり、急きょ「辻村寿三郎人形館」へ。ここも去年素通りでしたのでうれしいっ。




▲三次出身の寿三郎先生。



 で、これもまた「しめた!」と思ったんです。瑶泉院様の人形を寿三郎先生がお作りになったのを知ってたから。
 ところが展示されてなかったんです〜!!!!
なんでええ〜〜〜!!??

 地元の有名人のお人形は常設しましょうよぉ!




▲寿三郎先生と関係ないけど印象的なポーズの…
 あれ?さっきの瑤泉院様ポーズ!?
 なアホな。(in売店)




▲うだつの似合う小路(炎天下)をご案内。



そしてお昼ごはん。




▲ピンク色のシャツが職員スタッフさん。
 ありがとうございました!


▲広島三次ワイナリーでお昼をいただく。
 ごちそうさまでした!

 自慢のご当地ワインの試飲ができるので、天国のようなところです。

 食後に、赤を基調とした作品が特徴的な奥田元宋・小由女(おくだげんそう・さゆめ)美術館。
 そしてお土産物屋さんのトレッタみよしへ。




▲トレッタみよしでソフトクリーム。
 みなさんオトナなのでこういうのは召し上がらない。
 黒い扇子は日傘の変わりです。



 さて、こうして解散への運びと相成ります。

たのしかったっ!!!

 現地に詳しい方にご案内いただいて、忠臣蔵ゆかりの地のアレコレを知るのはほんと楽しゅうございます。

 車で山鹿と墨田のみなさんといっしょに広島駅まで送っていただきました。


 さて、この2日の間で新鮮だったのが…
 忠臣蔵サミットにいらっしゃってる(何回も)からと言って、忠臣蔵に詳しいわけではない参加者が少なくないということ。でもいろいろある○○サミットってそういうものかもですね。ご当地自慢っていろいろあるわけだし忠臣蔵だけに特化してらんないと。
 でも三次が忠臣蔵のなんなのかご存じない方もいらっしゃったし、ご自分の故郷についても忠臣蔵とのかかわり合い(に、かぎらず)に詳しくない方もいらっしゃった。
 イベントの時だけでもちょっとにわか勉強できる拙サイト「くすや」に進化させようっと。

 それでも(というか、それなのに?かな)これだけ長いこと続いて、参加者もいっぱいいらして毎年日本各地でお国自慢(それも忠臣蔵について)が披露されあうというのは素敵なことだと思った。
(これはマジで)


p.s.
昨年鳳源寺に行くのに乗せていただいた三江線が廃線になってた

(泣)

 
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きゅうしゅう忠臣蔵(2)

きゅうしゅう忠臣蔵

〜九州が産んだ究極ファンのいたしかた〜

その2 同じの作っていいですか?
(福岡県、福岡市南区)

前編「遺髪、いいですか?(熊本県、山鹿市)」はこちら>●

++++++++++++++++++++++


本題の前に、西日本豪雨被害のお見舞いを申し上げます。
あたしが出かけたとき、この豪雨の前段階で九州北部を台風七号がゆっくり駆け抜けており、テレビでは1年前(平成29年)の九州北部豪雨のことを各局で振り返っていました。
まさかふたたびご災難に見舞われるとは思いもよらず、悔やまれてなりません。
亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。


++++++++++++++++++++++


 念願の九州に出かけてまいりました!ひとり旅。後編

 前回、元禄時代に江戸で赤穂十七義士を預かった細川家の家来・堀内さんがあまりにも愛が熱くて自分の知行地の菩提寺に遺髪塔を作ってしまったというお話をご紹介いたしましたが、今回は時代がグッと下りまして昭和10年。
 篤志家(とくしか。<慈善事業家?)の木原善次郎さん(どちらさまでしょうか)が「赤穂義士の精神を顕彰しよう」と私財を投げ打って、四十七義士が眠る東京は高輪泉岳寺と全く同じフォーメーションの墓石が並ぶお墓(いやそれどころか地形もこだわって)を、同宗である興宗寺さんに建立した。

 すごくないすか!?

 47人分の墓のレプリカを作るんですよ。そうそうできるこっちゃない。
 私がもっとまともなマニア(なんじゃそら)だったら事前に福岡義士会にコンタクトを取らせて頂いて木原さんという人物につい て…あ、本部はまさにこの興宗寺さんだったのか!?…訪ねりゃよかった。


 熊本県・山鹿から新幹線で博多に入り、晩飯にとんこつラーメン食べて駅前ビジネスホテルに一泊。
 翌日、興宗寺へお参りしてそのまま帰路につく計画。




▲ホテルの送迎バスの運転手さん(は、おなかをこわすという理由でとんこつが苦手)から情報をもらって、エキナカの博多めん街道(とんこつラーメン屋がしのぎを削っている)から「元祖博多だるま」を選択。

 朝、博多から地下鉄空港線でいったん福岡空港駅へ行って荷物をロッカーに預け、引き返すように天神駅へ。徒歩で西鉄福岡駅まで行ってこんどは大牟田線で高宮というところまで参ります。






 昨日の炎天はどうしたのかそこそこの強い雨。
(雨はこのまま次の日の記録的豪雨へとなっていってしまいます)

 高宮駅からスマホのルート検索をすると徒歩で10分位で着くような結果が出たんですが、とてもそんなにかんたんには参れません(入力を間違えたのかな)
 タクシーで1400円位の距離。そして土地の起伏が激しい。

「興宗寺さんまでお願いします。」
 駅前で拾ったタクシーの運転手さんはピンとこなかったんですが、「穴観音(あなかんのん)さん」といえば一発だった。
 興宗寺さんには戦国時代から伝わるという、古墳の穴蔵に祀られた観音様がございましてこれがご高名。

 運転手さんと氷河期のハナシをしている間に到着。

 周囲にはタクシー会社やファミレス(九州発のジョイフル)があるので安心。




▲興宗禅寺 福岡市南区寺塚2-22-11




 境内に足を踏み入れますとすぐに「四十七義士の墓」の表示。


 さあ、ここからが見ものでございます。
 高輪泉岳寺を綺麗に再現した木原善次郎さんのこだわりをご覧ください。

 まず、凝ってるなあと思うのは、導入は天野屋利兵衛の碑でお出迎えしてるところ。




▲福岡・興宗寺


▲東京・泉岳寺

 首洗いの井戸や血染めの石も再現されております。




▲お殿様の墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺



 を〜!
 いつも参っているみなさんのお墓がそっくりに!
 わたしには屋外体験型のテーマパーク・セメタリーでございます。




▲福岡・興宗寺


▲東京・泉岳寺




▲大石内蔵助の墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺

 こうまでサイズもピッタリですと墓石の削れ方のビフォー・アフターを知ることができますな。
 泉岳寺では「縁起モノ」として墓石を削って持って行っちゃう人が多かったようです。なのでだいぶ墓石の変形が見て取れます。

 また、昔の泉岳寺はウッソウとしていたといいますから、興宗寺さんの雰囲気は昔の泉岳寺に似ているのかも。
 ビニール傘にザーザー降る雨音にボタボタいう木から落ちて来る雨だれが混ざってなかなかにぎやか。
 寺坂吉右衛門さんの前あたりが大きな水たまりになっております。




▲大石主税や安兵衛さんのお墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺


 おおいに興奮いたしまして、ひきかえし、穴観音様(阿弥陀様、菩薩様といっしょに岩が掘られている)にご挨拶。




▲この中。
 格子越しにお賽銭を投げ入れるのにテクニックが要る。


 さて
 こうして興宗寺さんをあとにしたのですが、実はもう一箇所行こうかどうしようか迷ったのが八女(やめ)市にある寺坂吉右衛門のお墓。
 寺坂吉右衛門の墓は東京は麻布の曹渓寺さん(非公開)と相場が決まっているが、九州には「寺坂吉右衛門が全国の義士の遺族を訪ねて事件のあらましを報告したあと最後に久留米(くるめ)の吉田忠左衛門の義理の弟を訪ね、そのあと八女で切腹しようとしたところを止められて義士の供養のために66歳で死ぬまで庵にこもって読経に明け暮れた」という伝説があるのです。
 そして一念寺というところにお墓がある。

 レンタカーをすれば小一時間で行ける距離だそうで…いやでも知らないところだし雨だし、なにより問題はここは福岡である。
 福岡は以前に運転した経験があるが、東京の常識とちょっと違うところがあって、ちゅうちょ。

 ジョイフルでハンバーグ食べたあと、帰りのタクシーで運転手さんが
「八女は山もありますけんね。慣れん人には運転は難儀やなかですかね。 私に任せてくんしゃったら、飛行機が夕方やったら行って帰ってこられますよ。」<イメージ
 と、チャーターを推してきた。
 料金は3万円行かないくらいじゃないかという。

 ここで、しおりんが読み上げた森井ユカのコトバが想起される。
「忠臣蔵と聴いたら南極に飛んで行くことも辞さない機動力がなくっちゃ」
 マニアは金遣いが荒い。
 アイドルファンは地方公演の遠征に何百万円もかける。
 比べて、もりいはけっこう、シブい…。

どぉ〜〜〜しよっかなあ〜〜!!!

 で、
 やっぱやめました。辞した。

 飛行場でたいそう時間が余りましたが、いろんな意味で、八女行きを次の機会に回したのは悪くなかったんじゃないかと思っております。
 ちなみに帰りの飛行機は雨の影響で30分東京到着が遅れました。

 次回まで、たのしみが息づく旅の秘技

これぞ「やりのこしの美学」

どっとはらい




▲福岡空港、搭乗ゲート近くの「一蘭」。
東京でも食べられる紅しょうがが無いとんこつ。
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きゅうしゅう忠臣蔵(1)

きゅうしゅう忠臣蔵

〜九州が産んだ究極ファンのいたしかた〜

その1 遺髪、いいですか?
(熊本県、山鹿(やまが)市)


++++++++++++++++++++++


本題の前に、西日本豪雨被害のお見舞いを申し上げます。
あたしが出かけたとき、この豪雨の前段階で九州北部を台風七号がゆっくり駆け抜けており、テレビでは1年前(平成29年)の九州北部豪雨のことを各局で振り返っていました。
まさかふたたびご災難に見舞われるとは思いもよらず、悔やまれてなりません。
亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。


++++++++++++++++++++++


 念願の九州に出かけてまいりました!ひとり旅。


 題して
「九州が産んだ究極ファンのいたしかた。」

 その1)遺髪、いいですか?
     (熊本県、山鹿市)

 その2)同じの作っていいですか?。
     (福岡県、福岡市南区)

 


 歴史を振り返るというよりも、シーズンでもなんでもないときに「ゆかりの地」をうかがった際の、ありのままをご報告するものでございます。
 前編はまず、山鹿のおうわさ。


 東京から
 飛行機と新幹線とバスで山鹿の中心地へ。




▲飛行機と(安くて早い)


▲新幹線と(つばめ号)
福岡空港〜新玉名
羽田離陸〜新玉名駅到着まで約2時間半ほど。


▲バス(駅前から出てる路線バスの産交バス)



 さて
 山鹿は温泉街。
 昔から温泉場、宿場町として栄えております。

 で、あたしが泊まったホテルはもともと旅館かと。
 検索して筆頭に出てきた(個人の検索結果です)寿三(すみ)さん。

 昭和以前なら、仲居さんが部屋に入ってきちゃってお茶入れてくれたり布団敷いてくれたり。やってくれてる間に「こころづけ(チップ)」をどうしようか悩んだりする、ああいう懐かしいパターンの宿です。本来は。
 しかし時節柄、客室の出入りを遠慮してほしがる客が増え始めたそうで、旅館さんとしては釈然としないながらも布団はハナから敷いてあり、誰も案内に来ない。
 その断り書きが座卓においてありました(笑)。
 いろいろご苦労がお有りなんですなあ。良かれと思ってやってらっしゃったでしょうに。




▲山鹿の宿・寿三さん
 「「すみ」とは読めないですよね」
 くだんの断り書きにエクスキューズしてた。
 いちいちおもしろい。




▲昔の風情(館内ポスターより)

座卓の真ん中にそびえ立ってるのが山鹿名物の灯籠でございます。



そ。
山鹿のシンボルは灯籠なのであります。





 江戸時代に和紙工芸がさかんだったところから神事の奉納品として高度な技術で作られたこの灯籠…
 そうなんですよ。
 このキンピカ、ぜんぶ和紙で出来てるんですね〜

 今にも伝わる伝統工芸はアプローチ度合いは灯籠をてっぺんとして、和傘の生産地でもあります。
 ノリを乾かすために菊池川にほとりに並べられた色とりどりの和傘はまるで花が咲いたように見えたそうで。




▲「よーへーほーよーへーほー」
 (山鹿灯篭振興会さんパンフレットより)

 で、しまいにゃ女子の頭に乗っけて千人(!)集めてお祭をします。





 もう、郵便ポストにもいっとこう!

 8月のおまつり、見たかったんですよねえ!
 ところがなにしろ人気で宿が取れない。
 そんなふうに居酒屋のカウンターでグチってたら、板さんのお兄さんいわく
 「なーん!そがんちゃずーっと夜んあいだ酒ば呑んでから宿ん泊まらんきゃよかったい」<イメージ
(「そんなことでしたらお酒飲んで夜明かしして宿泊をしなければいいじゃありませんか」)
 そいつは妙案!と、膝を打ちました。
 「山鹿灯籠は夜明かしまつり
 サイトでお祭りのことを検索すると、24時からの予定とかも書いてあったりする。
 この日ばかりは路線バスも臨時を出します。




▲モデルさんの写真がなかなか攻めてるでしょ。
 かっこいい!
 (山鹿市のパンフレットより)

 頭に灯籠付けて名産の「来民(くたみ)渋うちわ」で卓球とかって、またおもしろいことを…
 って思ってたらほんとにコレでいろんなところで1台500円で卓球やってるんですな。

で、




▲おんせん、いえ〜い!


 晩飯は、せっかく熊本県に来たんだからとお馬さんを食べました。
 お店は受付の仲居さんに教えていただいた居酒屋「蔵BUZEN」さん。






▲馬刺しと、馬バラの竜田揚げ。



 さて
 からすカァと鳴いて夜が明けてお天気・晴れ。

 やっと忠臣蔵のおはなし。
 路線バスで、昼到着を目指して日輪寺さんへ向かいます。
 産交バス「鹿北道の駅」行き。温泉プラザ前〜日輪寺前。

「日輪寺さん行く「鹿北(かほく)道の駅」行きのバスはここで待ってりゃあいいんですかね」
 うなづいたおばあさん
「それに乗りよると?私もソレです。」
 カンカン照りで暑さもキビシイのに涼しい笑顔。

 今回の旅行では老若男女、会って話した人全員がやさしかった。
(新幹線の切符売り場であたしと係員と話し込んでたとき「早くしてくれ!」とあたしの背後で怒鳴ったおじさんは除く。あたしゃちょいちょい怒られます。)

 温泉街からほんのちょっとバスに乗ってすぐ到着。




▲バス停「日輪寺前」の前に日輪寺が無い?
 いや…!?


▲すぐに看板が見つかって、あっ!誰か見てる!


▲おびんづる様ひょっこり。(後述)



 山鹿の日輪寺は堀内伝右衛門という人の菩提寺です。
 この人は、討ち入りのあとの赤穂義士(上位17人)を預かった熊本藩細川家の家来で、とにかく細川さんちでは大石内蔵助たちを歓待し「うちで雇えんものかなあ」とまで言って義挙にホレボレいたしまして、堀内さんはこの細川家で義士の接待係をやってたんですね。この堀内さんも義士の大ファンで義士を取材してまとめてらっしゃる。
 新歌舞伎「元禄忠臣蔵〜大石最後の一日〜」ではキーパーソンであり、ドラマ「元禄繚乱」では石田太郎さんが演じ、中村勘三郎さん演じる大石内蔵助の足の爪を嬉々として切ってあげるシーンがあったり、ミフネ版「大忠臣蔵」では志村喬が演じてお上の切腹の採決に納得がいかない様子が描かれていました。
 堀内さんは義士が好きすぎて遺髪を知行地に持ち帰り、菩提寺であるここ日輪寺に遺髪塔を建てたのです。
 義士の命日である2月4日には「山鹿義士祭り」がおこなわれています。(いまもやってらっしゃるかしら)




▲エントランスが草ぼうぼうなので
 荒寺的なたたずまいに一瞬、ひるむ。


▲山門(名物の釣鐘がある)をくぐるとすぐ左に遺髪塔!


 伝右衛門さんのハナシや細川家のもてなしは忠臣蔵ファンには有名だし、こちらは義士祭もあって朋友の講談師・若林鶴雲先生も呼ばれて自作の「堀内伝右衛門伝」をお読みになるということで、とにかく訪れたかった場所であります。

 ちょ〜っと、目の前にモミジさんが生い茂って肝心の塔が見ずらいんですけれども、お供えの造花にはびっしりと元気に蜘蛛の巣が「クモってこんな、モスラみたいに糸の出しかたするんだっけ?」というほどからまっておりましたのもまた風情。






▲赤穂十七義士遺髪塔!


 お賽銭と持参のお線香をさし上げて、順番があべこべなんですがご本堂にご挨拶。


 そして!おたのしみのお昼ごはんをこちらでいただく計画なんでございます〜。


 ご本堂のすぐ左横の階段を上がりますと境内の料理屋
 「精進料理 南無(なーむ)さん。
 こちらは予約しておくと素敵なランチを頂けます。




▲うひゃほう!

 インスタントコーヒーのコマーシャルにも使われたというお座敷を用意してくださってました。
 外の猛暑とは打って変わって、「自分は死んじゃったんじゃないか?」と勘違いするような別天地。

 山門や遺髪塔周辺の元気な植物の発育や
 前日以前の雨による足元の悪さなどのありさまから、一瞬「ここは放棄されているのか?」(ごめんなさい)と誤解しただけに、屋内の「別天地」感は格別なのであります。




▲そしてお部屋には四十七士の名前の入った額が飾ってあってもう、興奮!


▲精進弁当2000円。
 (2日前までに要予約)
 こんどは「義士膳」5000円を食べたいなあ。

 トマトの利休煮とか、刺身こんにゃくなど心から涼しくなる美味しいお料理に舌鼓。
 じゃがいもこんにゃくを揚げたものやとうもろこしの冷奴も美味しかった!
 シメは梅のおかゆと、ごじる。
 ごじるはお味噌汁に大豆のすったのを入れたもので、は〜もう。


しあわせ!


 さあ、このしあわせに脳が麻痺したのか、このあとなかなかのポカをいたします。


 バスが1時間ほど来ませんので境内散策。
 春(初夏?)にはツツジが満開な公園となっているんです。

 来たとき出迎えてくださった大仏様を見に行こう。
 それから、遺髪塔のところにあった説明書きに堀内伝右衛門さんのお墓もあると書いてあったから探してみよう。
 案内表示が見当たらないから、自力で探すしか無い(要確認)

 境内は何箇所かにわかれた墓地を囲むような大きな公園になっていて、ツツジの季節は満開でそれがまた見どころとなります。
 最盛期はにぎやかでしょうが、お部屋独り占めで荷物置かせてもらって散策なんてまず無理かと。シーズンオフの良い所ですな。

 お大仏様のお膝元へは案内が出てるのですぐ行ける。
 「精進料理 南無」さんの裏手といった感じ。




▲をぉっ!木陰から覗いてらっしゃって
 ちょっとビックリいたします。

 なんか、山の中で静かにあらしゃいまして、うしろの山に寄りかかってるようすです。全長30メートル。




▲イケメンのびんづる様は立像なんですね。
 靴を履いた大仏初めて見た(要確認)



▲そばの建物には寝そべったおびんずる様がいらっしゃる。
 本名:びんとらばらだしゃ様。
 亡くなってからびんずる尊者となりました。
 この世のものに利益を与えてくださいます。


▲園内ウロウロ。
 温泉場から移築された「湯町橋」


▲ツツジが満開なときはさぞかしステキだろうな。


▲中央は17年ほど前なのだろうか?
 山鹿で忠臣蔵サミットがあった際に
 植樹されたモクセイ。






▲そして堀内伝右衛門ご夫妻のお墓。
 おじゃましております。


 こうした散策がなかなか時間を稼いでくれましてよい案配にバスの時間が近くなる。

 おかげさまで楽しく過ごさせていただいた日輪寺さんを後にしてバスの中であらためて、「精進料理 南無」さんのレジ横においてあったのをもらったお寺のリーフレットを読んで散歩を振り返ってみる。

 ふむふむ。
 遺髪塔…湯町橋ね…大仏……大石内蔵助像…


おおいしくらのすけぞう!?


 えっ!見てないぞコレ!
 どこにいたの!?
 たくさん写真撮ってるけど、どこにも見切れてないし!記念植樹まで見つけてるのに!
 おぉい!バス止めてくれっ!
 …とも言えず…。
 大石内蔵助像??

 や〜もう、どうしよう。引き返すにも、う〜ん。

 バスで戻るにはまた1時間とか2時間持て余すことになる。
 断念して、また来ることにしよう。
 だれかと。
 そうそう。
 あのランチはねえ、誰かとわかちあいたいですわい。

 悔やまれるのは、後追いで「日輪寺 大石内蔵助像」かなんかでネット検索しても、申しわせたようにおんなじような画像しか出てこない。
 ああっ!はがゆい!
 「ソレ」がどういう立地で存在するのかが皆目わからない。
 みなさん、ブログに載せるならちょっと工夫しましょうよね!(老婆心ごめんなさい。くやしさまぎれのやつあたりコメントでした)

 またツツジの季節に来よっ!
 そんときゃ「義士膳」5000円食べるし!


 そうして、温泉街に戻り、民芸館や八千代座を見学しました。


 山鹿灯籠民芸館


▲民芸館では例の灯籠作りの実践が見られます。
実際の作業のようすと道具の数々に感激。


▲灯籠を買おうとすると税別3万円いたします。
(寿命は10年位だとか)


▲絶妙なモデルづくりのテクニックで、赤穂大石神社さんの社殿も奉納されています。
…あれ!?赤穂民報の記事を読むと社殿作った人が、お話きかせてくれたT中さん(上記)だ!うーわ!また会いたい!


▲灯篭まつりのポスターの絵を描いておられる鶴田一郎先生の原画展もやってました!


 
 八千代座
 八千代座は明治時代に作られた劇場。
 そうそうたる役者やアーティストが舞台を踏んだが、それでも存続が危ぶまれたことがあったそうで、そんな時復興事業に力を貸してくれたのが坂東玉三郎丈。
 それから20年以上も公演を続けておられるそうです。
 なんでも、ふつう歌舞伎ではありえないんですが舞台上から客席に語りかけることもあるとか?

 蛇足なんですが八千代座では「山鹿ちんこ座」がちんこ芝居を1920年代に打っておられます。
 …ちんこ・しばい…
 かわいいひびきだが、なんでしょう。
 (おこども集のお芝居のようですな)



▲ふだんは民芸館とともに630円(要確認)
 で、八千代座の中も見学させてもらえます。

 ガイドのおばさまが「鶴瓶の家族に乾杯」のロケが地元に来た時の思い出話を語ってらっしゃる最中に、次の目的地に向かうためにドロンさせていただきました。
 外にでると篠原ともえさんが元気よく炎天下で撮影をしてらっしゃって、なんか白日夢みたいな不思議な体験でした。


 さて、
 検索すれば出てくるだろうから…と思ったのか、日輪寺のご本堂や八千代座の正面写真を撮ってないんですよね。
 猛暑でぼうっとしてたのか??


 バスが2時間ほど来ないのでタクシーを呼んで新玉名駅に戻ります。

 路線バスだと280円でしたがタクシーだと4000円強かかります。
 あの、ごめんなさいね…

たかくね!?!?

 関係無いですが運転手さん(佐賀出身:女性)は一度も九州から出たことがないとおっしゃっておりました。



 こうして新幹線つばめ号で博多に行き、興宗寺に出かけます


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ももつる忠臣蔵

 

ももつる忠臣蔵備忘録

〜ももクロに忠臣蔵は通じたか?〜



※ここに記された内容は
放送内容や
記憶をたよりにつぶやく
あくまでも個人の体験による独り言であり、
番組制作とは一切関係ございません。
半信半疑でご愛読くださいhato





▲カンテレさんレモンスタジオの楽屋にて

 5月11日。

 笑福亭鶴瓶師匠とももいろクローバーZのみなさんの番組、関西テレビさんの「桃色つるべ」に参加させていただいた回が一部地域にて放送になりました。
 そのおうわさです。

 3月某日、東京・世田谷のスタジオで収録ということでいそいそとおでかけ。

 駅前にタクシーがいなかったんでツッタカターと歩きながら途中で捕まえようと東映映画スターの寄せ書きサインの重たい額ブチと衣装ケースを引きずって歩いてたらスタジオに着いちゃいました。知らない住宅街をあっちへこっちへ歩いて足パンパンで汗だくになりましたが好きなことは苦しくたって努力と感じません(遅刻しかけたけど)



 以下、播州赤穂観光大使として、そして忠臣蔵マニアとしての反省や考察をここに記すものであります。
 なお、関西(ほか)ローカルの番組ですが、オンデマンドで有料でお楽しみいただけます





 人気が落ち目の忠臣蔵について一回仕掛けなきゃなんも変わらないと、大好きな皆さんを前にテレビで想いをぎゅっと詰め込んで魅力を伝えようとWEBの「スタジオ出演者募集」に売り込んで番組に臨みました。

が、ともあれまず
「チュウシングラって言葉自体がわからないんですけれどもそれを教えていただいてもいいですか」
 に対する回答(=事件を元にした戯曲のタイトルであること)と、赤穂事件の単純明快ストーリーを30秒で説明したのは成功したと思う。
 (<30秒はディレクターさんのリクエスト。つたないんだけどピッタリ30秒でイケたはず?)
 ちなみに殺伐とした「あだ討ち」「殺す」という言葉の弾丸はわざと使いませんでした。

 その他、いろいろブザマなそのザマだったところはあれでもいろいろカットしてくださった。
 …いっぽうで、おもしろを優先させるためにももクロさんたちからの質問や鶴瓶師匠と一緒に盛り上がってるところもほぼほぼ放送されてないので、トンチンカンなおっさんが空気を読まず暴走しながら強く溢れる気持ちを届けようと孤軍奮闘しているという構成に仕上がっている(笑)。
 いやいや面白いなら密かな頑張りを誰一人知る事なくても構いませんです。

 ちなみに
 言うまでもありませんが鶴瓶師匠は放送内容の十倍忠臣蔵について造詣が深く、ももクロのみなさんは放送内容の十倍礼儀正しい
(約40分の収録のうち、17分ほどが放送された)


▲僕のこと嫌いですか?声は届きませんか…


 ともかく、絶望的な滑り出しでした。
 目の前にの4人がいるのに、ライブやテレビで拝見するももクロさんたちとはあまりにも彼女たちのテンションが違いすぎる。この空気を自分が作ってるのかと思うとシッポを巻いて逃げ出したい底抜けミソッカスな気持ちだった。鶴瓶師匠が面白がって忠臣蔵の話題を投げかけてくださればくださるほどももクロとの距離がでかくなる。たいへんに不可抗力的運命コースターな状況。まじヤバすぎる。
 もっとも、かぶって行った頭巾で聴覚がいささか妨げられて細かいみなさんのリアクションが音としては実際の半分ほど確認し漏らしているディスコミュニケーション。

 打ち合わせはディレクターさんとだけでリハが無い(<だからピンマイクがシコロ頭巾にあたってしまうことを音声さんが予測できず放送では一部雑音が入っている)ので、我々は現場の雰囲気(主に鶴瓶師匠の言動など)からコーナーの着地点をどこに持っていくのかハイハイハイハイしながら探り進める。リハーサルがあったらもっと準備できた!(言い訳)
 あたしがモノノフでなくて、かつ土産もなかったら10分の放送も耐えられない勝率僅かな戦慄だった。「忠臣蔵」の名の廃れ方が一層悔やまれる。

 もっとも反省すべき点は「わからない」と言ってる人の「なにがわからない」かを読み取る力が無かったことであります。

 ももクロさんといえば昭和人と交流やコラボが多いのでうっかりしたが、考えてみたらあたしの知るかぎりでもたとえば「シュプレヒコール」も「ウォーボンネット」も「ギター流し」もご存知なかったではないか。あたり前だけどドリフもKISSも少年忍者青影もプロマイドも仕事でやってらっしゃるのであって、世代ではないのだ…!



▲的を射た指摘を連発して背中押したり蹴ったりして
 くださった玉井先生に感謝。


 負けっぱなしじゃ終われない。(チカラいっぱい届けてやるさ)

 泣きごとを言っては困らせることもできたが、収穫があった。

 かなこさんから
「でもすごいのが、(もりいを)見ててなにひとつわからないから、早くドラマが見たいと思いました」(註01)
 と、中盤で言ってもらえた点でございます。
 鉄ヲタでもアニオタでも、ノンケの人(それも複数人)を前にしてたかだか40分説明して魅力を理解、共感してもらうのは至難の業でして。いわんや収録中に消化しなければいけないネタがノルマであるとしてあれば言わずもがな。(裏話は野暮かもだが、名場面の立ち回りやアイテム紹介などは、ディレクターさんからのご注文ありきのでやったことが無いのだ。)
 オタクの想いはアメトークのように、愛に包まれたカードをいろんな角度から全身で全霊で感動で本能でたくさん撒き散らすことでとりあえず相手がなんとなく「見てみたい」というところまで届けば上出来。
 したがってかなこさんがとりあえず興味を持ったことや、あるいは未放送だがしおりんが(ビギナーが)見るなら一番入りやすいのは"花の巻雪の巻"ってことですね」と受け取ってくれたのはあの構成上では奇跡(必然)と言ってもいいほどのちょっとクラクラしちゃう成果かと。



▲この顔、未放送w。

 


 また放送では「和をコンセプトにして10年やってきたももクロさんが…」という話からもりいのももクロファンが露呈するという流れで綺麗におもしろくまとまっていましたが、実際あの場ではめんめんと受け継がれてきた(?)ピンクレディ〜おニャン子〜モー娘。〜AKBといったすべてのポップスターと忠臣蔵との伝説のわけや歴史を説いており、で、ことももクロにいたっては「切腹最中を食べるだけとはどうしたこと。」という流れで盛り上がったのでした。(註02)
 …つまり、ももクロ忠臣蔵をやりましょうというのが大きなねらいだったのであります。
「でもメンバー4人しかいなくて、
 どやって忠臣蔵をやればいいんですか?」

「たしかに」

 というくだりもあり、ここで軽く話し合いが持たれました。

(余談だが収録は有安さんの「新しい青空へ」からちょうど2ヶ月後くらい)

 なんだかんだでももクロさんたちは絵本の24枚の絵を限られた時間の中でなんとか頭に入れようとしてくれて、実は最終的に鶴瓶師匠の天野屋利兵衛の似顔絵を見たれにさんが
「あっ。ここ(腿の上)に石乗っけられてた人だ。」(<石抱(いしだき)拷問のこと)
 と、いうところまで理解してくれていました。
(ちょっと脱線するが収録の約一ヶ月ほど前にれにさんは「Musee du ももクロ」のロケで我が校にいらっしゃっている。)


(補遺:上あーりん親分について記述がありませんが、放送よりずっと神対応(=放置するだけしておいて直撃弾を投下するような)であったことはご報告。ハート直撃心臓大爆発。)


▲スタジオセットの扉開けて最初に目に飛び込んできたかなこさんの印象は「かっ顔、ちっさ!!!!!」でした。


 これも放送されませんでしたが師匠が"徂徠豆腐"を演りだしたらこうやってご縁がどんどんつながっていくやんか。46人の方の魂は浮遊しているんです」というこの発言が印象深く、この実感は常日頃に切腹最中の渡辺社長や講談の若林鶴雲先生と共感してよくそう言いあっているのです。あまつさえ、もりいは忠臣蔵のおかげでももクロに会いに行けてMAXなトキメキ。

 ちゅーことは忠臣蔵を知ってもらいたい切望の向こうには物語を好きになってもらうだけでなく、この良い因果応報の果てにある神秘体験の感動をみんなと分かち合いたいと思っているのかもしれません。
 とはいえ、あくまで体験に基づくそんな突拍子もないこのようなイタダキを目指してだれかに説明しようとした場合、宗教の勧誘みたいになってしまいかねないが、わたしは終わらぬ試練に立ち向かってまいります。





            ふたつともえ
 

<あとがき>

 今回の収録でももクロさんたちを一層好きになったのは、この素人を相手にテキトーにわかったふりや愛想笑いであしらったりせず、ただ真っ直ぐ真剣にガップリと組んででっかいハテナをぶつけてくれたその態度であります。
 それでこそ、終盤の楽しいムードに感動がありました。


 果たして、絵本は持ち帰っていただけたろうか。
 あのあと義士の名前を検索してくれたでありましょうか。
 控室でモニターしてらっしゃった川上マネージャーさんには、なにか刺さったろうか…

 おみしりおきっ。

 今年10周年のアニバーサリーのももいろクローバーZにこれからも変わらぬ声援を贈り、いっそう注目をしたいところであります。

 関係者の皆様、ありがとうございました。
 https://www.ktv.jp/momotsuru/


P.S.
放送の中にありました「忠臣蔵早わかり絵本」は忠臣蔵ゆかりの地で売っておりますが、忠臣蔵問屋「わたや」さん(兵庫)の通販でもお買い求めいただけます。
http://akowataya.com/item/morii_kusuo/777/





▲しおりんを強調するためにほかのみなさんをふざけたが
 特に「捨身飼虎」れにさんはもうちょっと本人に寄せて
 美人に仕上げてもよかったなと後悔…。

「悪意ありすぎでしょ(笑)

 ちなみにこの絵は「極楽門」「労働讃歌」ごろに
 描きたいと思っていた絵で、そのときかなこさんだけは
 もうこの顔で描くと決めていた。
 が、リリースに至らなかったのはほかのメンバーの配役
 を決めかねていたから。

(当時俵星玄蕃あかりんで配役かんがえてた)
 今回の新体制でなにか吹っ切れて完成。



註01

 さらに最後、自分が大石内蔵助にキャスティングされてるのを受けてあらためて「でもちょっと見てみたいと思っちゃいますよ、なんか」いただきました。

 で、
 どちら様が権利をお持ちか存じませんが「決闘高田馬場」のDVDリリースを強く希望します!

 せっかく「見たい」とおっしゃっていただいたのに…
「決闘高田の馬場、DVD出てんの?ちゃんと出てんのかなコレ」
「…でてない…」
「出てない!?」
「ええっなんだあ!」
「出てないねやったらなにしてんねん。そんな」
「見れないじゃん」
「見れないじ…見れないですね」
「どうしたらいいんですか」
「決闘高田馬場」のDVDリリースを強く希望します!


註02
見ようによっては「天手力男」の振付に「仮名手本忠臣蔵」十一段目のカタチを見ることができるし、「ももクリ2015」の雪の中の衣装には討ち入り装束を彷彿とさせるものがある。…と、言えなくもない?



 

Momoiro Clover Z are a very famous popular awesome idol in Japan.
I recommended myself to a TV production company in order to talk with them about Chushingura with MCZ.
That's right! I'm a big fan of MCZ.
The company accepted my Sales promotion for my appearance, but there were many problems.
MCZ didn't know Chushingura at all!!!
It's just like I was having a conversation with a foreigners.
"It dramatized the incident tha actual murder case.
I guess that it was KODAN that was completed as entertainment for the first time. And..."

"Oh my gosh!Oh my gosh!Oh my gosh!..."
"I can't understand anything! I can't make out at all what you say!"
It hurts that they heard the word ”Chushingura" for the first time whole all of their life.
They have accepted lots of things as a work at any time for generations they don't know about themselves.
I mean..., they don't have old ones by default.
I was a little misunderstanding about it.
And yet...
While talking for 40 minutes, they were to know that many of the stakeholders and seniors surrounding them worked about Chushingura.
(After they receive their own portraits ...) As a result, they told me to...
"I wish you provide us a script. Please write a script for us."
"a script."
"Please make something for us."
"(for TV_crue)Are you listened to their this comments now!?"
"What the hell? lol"
"Everybody is listening."
I have to do something for them and Chusingura!!!!
Even if it was a kind of misleading lip service.....

When they initially seemed bored, but ultimately they gave me the same pose as my drew pictures in turn one by one..(It was from Ārin who started doing the pose.)
"So happy I could die..."
It was the happiest happening event for me (and may be for Chushingura).

The director deleted some comments considering various factors.
I think his judgment is correct.
 

 

 

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あこう忠臣蔵


あこう忠臣蔵


播州赤穂の春の義士祭におでかけ。

2018年4月7日…桜は東京ではもうすっかり花びらが落ちておりましたが、一晩目の赤穂では夜桜の花見を予定。
赤穂の桜やいかに!?


              ふたつともえ


昼時分に到着してホームに降り立ちますと、東京よりちょっと寒いなと。こんな気候なら桜の花は東京ほどは散りきってないかも?と期待。
今回の旅、実は先ず赤穂御崎(みさき)の展望台広場で開催中のさくらまつりに出かけたかったんです。
午後二時までだってんで間に合うようにホテルのチェックインよりも早めに参りました!

駅ビル「ぷらっと赤穂」で塩ラーメン赤穂らーめん麺坊をかっこんで薄着による冷え込みをカバーしてから駅前でバスを待ってたらばったりと船曳商店のオイスターシスターズしょこさんが「せんせい!」とお母様運転のクルマからぴょーんと飛び出してまいりましてこれから京都にお出かけになるという、ま〜相変わらずフットワークの軽いことで素敵。そんな軽いやりとりでさらに体温が上昇hato







それにしても播州赤穂駅。初めて来た時からあったお蕎麦屋さんとお土産物屋さんが無くなっておりましてちょっとしょんぼり…。




▲ヘビーユーザーではなかったけど、
 いつもあったものが無くなってしまうのは
 ノスタルジーですNAKI-SOH



しょんぼりしてまた体温が下降して薄ら寒くなったところで、待ってたのとは違うけど目的地に行ってくれそうなバスが到来。
その名も、周遊バス陣たくん号!100えん!
このバスに乗ると一発で赤穂の名物あちこちを把握できます。
乗りたかったのよね〜ん。初めてなんです。

陣た号じゃなくて「陣たくん号」
接尾辞がふたつ続くというユニークな名前です。
(義士娘、という言い方もするし赤穂のお家芸ですなw)







さつき町の前あたりでしょうか、車内に歌がかかります。
「きーみのめーぐみーにくぅーらぶーれば♫」
唱歌「四十七士の歌」であります。

ホントは長い歌ですがバス停とバス停のあいだの時間内に終わる感じになってます。
同乗客はあらかたおばあさんなのですが(なぜだ?)、リズムをとったり一緒に口ずさんでる人もいますし放送が終わると
「ああ、懐かしい歌聞かせてもろうたなあ」
と言ってる人も。
な〜んだか、いい感じだなと。
こんど10周遊ぐらいしたいと思います。

陣たくんバスは唱歌を使ったり、名所めぐりといい、軸足のしっかりしたご当地自慢の輪郭がハッキリとしております。
また、在来の路線バスを観光用にするより、観光用の小型の乗り物が単独で活躍しているのは、押し付けがましくなくていいのじゃないかと。
各地がそうですが、地元の人が必ずしもみんなが地元の名物や名産を推すわけじゃないって傾向、あるでしょう?
そういう方たちの気持ちを逆なでしないよう気遣いするのはむずかしいですな。




赤穂御崎(みさき …ほんとは東御崎)に到着〜
 そう。これぞ陣太くん号 全貌。



午後14時までこちらの展望台広場でさきほど申しあげた「さくらまつり」がございまして播州義士太鼓の演奏や、お獅子やバンドが出るということで…

おぉっとお!?

その太鼓が帰ってゆく!
まっ待ってくれっ!







時計を見たら13時45分あれー!?
昼に到着したはずなのにどういうことだ!?
南無三。ラーメン食って20〜30分バス待って、のんびり周遊バスを堪能してたのがアダとなったか!




▲うわっ!ちょっちょっ陣太くんも帰るっ!
 陣太くんとハイタッチできたのはなにより。




▲そんで、義士娘さんと写真撮れたのもよかった。
 (不思議な写真。平地に立ってたはずだが
            背景がずいぶん斜めっている)





▲ここで演奏会やってたんですね。



なんか、なんにも見られなかったけど、ダイジェストで残像は見られた(笑)。


気を取り直しましてあたしゃ、海に出てみることに。
実は何度となくうかがってる赤穂の、海に出たことは今回が初めて。







山を降りてまいります道すがら、上の桜は思ったよりもほぼほぼ散っておりますが足元は満開でございます。
そんなに大勢が行き来してないと見えてたいへん美しい。
そしてフワフワとした踏み心地。




▲ざぶ〜〜ん・・・おだやかやな瀬戸内海。  
 釣り人ちらほら。



また上へ上がりまして、桃井ミュージアムでお茶。
ここでは赤穂雲火焼(あこううんかやき)や織物の赤穂緞通(あこうだんつう)が見られます。






▲雲火焼きのカップでアイスコーヒー。


▲帰りのバスを待つくすお(中央)



さて
もうひとつ、前から気になってたけど行きそびれていた赤穂玩具博物館へ。


なんでも鑑定団で有名なブリキのおもちゃ博物館館長・北原照久さんをこよなくリスペクト&ご昵懇の鈴原義経館長が独自のセンスで構築するおもちゃハウス。




▲赤穂城大手門前から少し西に行った道沿い。



一見パラダイス(©探偵ナイトスクープ)と思しき圧力がわたしを数年寄せ付けなかったが(笑)、鈴原館長は愛にあふれるいたって親切な御仁で、赤穂のあちこちのイベントにも貢献しておられます。

コンセプトも見せ方も、博物館というよりインスタレーション。




▲館長と。



さて、いったん東横イン(宿泊所)で一息入れて…
ジモ友・イラストThe 47Black Catsのマエカワ先生とナースminaさんのお誘いでとなり町・坂越(さこし)まで夜桜見物へ。
銘酒・忠臣蔵をリリースされてらっしゃる400年つづく造り酒屋の奥藤さん(おくとうさん)の屋外パーティです。
新種のお酒ご披露を兼ねた花見だそうで!(会費制)
あちこちから、参加表明のお酒好きが20名強ほど集まってまいりました。







大避神社(おおさけじんじゃ)の横っちょの船岡園展望広場でテントが設営。
(翌日はここで坂越さくら祭りがあります。)

日が暮れますと…

こぉ〜れが寒いっ!ase2




▲なかなか花見どころではありません。


▲赤くストーブが灯る。


▲風が無きゃあなあ…



美味しいお弁当は闇夜に隠れて口に入れるまでなにをいただいてるのかわからず、おのおのスマホのライトで手元を照射。

美味しいお酒に、思いのほかあたたかな粕汁に人気が集まりました。







舌鼓を打ちながらもブルブルと体を丸めて会場を後にし…

赤穂に戻って心膳 みさきやさんで温かいものをいただきます。
(なんだか食べ直しみたいですいません。)

そのあと、あの、名前忘れちゃった。
赤穂書房さんとでっかい写真屋さんの間入って川の手前左に入ったアソコで塩ラーメン。

締めを食べたのにそのあと、お城通りスナックのリリアンさんへ。






▲スナックのリリアンさん。



リリアンのママはあたしの母くらいの世代の方上写真には写ってません。ちなみに)ですが、着付けの先生で義士祭とか赤穂情報物産館でのコスプレに一役買っておいでです。

じつはこちらのお店の入ってるビルにご注目なんですが…
よそから来た観光客としてはお城通りのこの建物。気になります。
なかでもリリアンさんの入ってるビルは両隣が更地になってひときわ目立ちます。
全盛期は呑みの殿堂でしたろうなあ。
あたしゃなんかもう、このたたずまいが大好きでして。
リリアンさんのほかにどちらが稼働しているのだろう。




▲昼間のようす。


いろんなお店が入っていたのです。



▲いや、コレはアウトだろう(笑)。
 ブラックジャック7巻「シャチの詩(うた)
 「見て!ピノコでも背が立つわのよ」
 のシーンと、お見受けいたす(要確認)


▲「ヨンナナ」というネーミングは
 すごく良いと思うんですよね。四十七士でしょう?



さて
翌日、日曜日はあちこちで催しがございました。
駅周辺はいろんなウォーキング企画の待ち合わせの様子が見受けられます。

あたしゃ
浅野家の菩提寺・花岳寺さんでちょっと打ち合わせがございましたのでおでかけ。

お庭では書道パフォーマンスの真っ最中。
同時に開催中のオルガン&琴演奏がいい感じのバックグラウンドを演出しております。




▲待機してる学生のアリサマのかわいいこと。



花岳寺さんで取材したあと、赤穂大石神社さん主催の「春の義士祭」
女人義士行列見物へhato

その前に腹ごしらえ(11:30ごろ)
これまた一度も体験していない巴屋さんの討ち入りそば。




▲赤穂城大手門前。


▲店内は居心地が良くてひろびろ。

槍や赤穂緞通などがさりげなくディスプレイされていて、これまで赤穂を訪れたスターたちの写真なども飾られている。
わたしより前に来ていたおじさんが落ち着かず立ったり座ったり。
「おそいなぁ」(<関西のイントネーションで読んでください)
いやいやおじさん、せっかちだなあ。
と、心のなかでほくそ笑んでたが、…た、たしかに遅い(笑)!
待つこと30分
やっとありつけた「討ち入りそば」




▲具には赤穂義士にまつわるコンセプトがあるのだろう
 と予測されるが、
 持ってきてくれたおねえさんの説明はなかった…



東京の立ち食いそばはスピードがモノを言うから比較してもアレかもだが、たった5分でも「ご注文を受けてから茹で始めるので5分ほど時間をいただきます」と、わかりやすいところに表示してある。そういうサービスがあってもいいかな〜と思いました。
老婆心御免

最初にお茶とお菓子が出されるので、これがもしかしたらおまたせ御免のサインだったのかも。
それならそれで出す際におねえさんから「ちょっとお待ちいただきますのでごゆっくりお茶など」とヒトコトあったらずいぶん違うのだがなあ。
せっかちな客と鉢合わせると藪蛇になるから言わないでおいてるのかな。
ただ、あたしゃ食前にはスイーツはよう食べまへん。NAKI-SOH

義士行列に間に合わなくなってはいかんとそばをかっこみ(おいしかったです)、境内へ。




▲飯尾宮司



募集をかけるとすぐに定員になってしまうという、人気を誇る女子版。
子供からオトナまで参加です。

飯尾宮司さん「もりいさん、一緒に写真撮りましょう」と隊列から呼んでくださった義士ふたりは「姫路のほうでアイドルやってらっしゃるそうです」っておっしゃってたけど、大阪発祥のFiore(フィオーレ)というダンスボーカルアイドルユニットから、黒田あやめさんと中村栞菜さんが一緒に写真撮ってくれました。

パレード前に武田千優(たけだちひろ)さんによる『忠義の桜』が披露。
今回人前で初披露ということでございました。
これあの〜、配られたチラシにも総門の立看にも名前が無い。
も〜ちょっとアプローチしたげてもいいんじゃないかなあ〜と思いました。
老婆心御免。




▲ノリの良い女子義士は歌に合わせて左右に揺れる。







じじいが言うとほんとに気持ち悪いかもなんですが、頭に桜刺しちゃったりしてね、ほんとかわいいんですよね!女子の義士行列!
どんどん盛り上がったらいいなと思います。

であの〜…

あとからツイッターとかで見てみると、女子に渡された刀の柄巻きが解けちゃって半分くらい中身がむき出しになってるのが多く、アレなんとかならんものでありましょうか。
なんだかお気の毒で、巻くなら巻く、巻かないなら巻かないとしてはいかがかなーと。
動画とかに巻き方が上がってるんで、あたしも手伝いますから、ここ、修繕できないものでございましょうか。
これは貸衣装ですかな。それだと手も足も出ませんが。

あっあれだ。柄に平打ち木綿の紐か、白い布を巻きつけりゃいいじゃありませんか!実際そうだったんだそうだから。
老婆心御免。


行列は女人義士のほかにも阿波おどりやカントリーダンス、盆踊り、よさこい踊り、でえしょん踊りもつらなってにぎやかなパレードだったご様子。


あたしゃ全部をつぶさに見られず、花岳寺さんに打ち合わせに出かけ、その後にわたや矢野社長と前述マエカワ先生と会食。そのまま花岳寺周辺の商店街でくりひろげられていた、お店改造して飲み屋にしたりワークショップや展示やったり路上でライブや出店など「カガクジカイワイレトロさんぽ」というイベント…が、すっかり終わっちゃったあと、一店舗だけ不夜城と化してる会場に酒をたかりに参りました。




▲おもしろ好きのヤマグチパイセンによる空間大改造。
 空いてる店がコジャレた飲み屋に変身。
 あたしもこういうこと出来る人になって、
 あちこち忠臣蔵空間にしちゃいたいなあ。



今回は2泊。




▲昨日も今朝も、ウインナーが無かったよNAKI-SOH




帰りの汽車に乗る前に骨董屋さんに寄って物色。
戦利品をせしめて、また塩ラーメン食べて帰りましたとさ。


どっとはらい。




▲お人形さんいらっしゃいませ。



教訓
やっぱ2泊は基本だなぁ〜〜・・・




▲駅周辺の主な登場場所。
 (赤で囲ったり、赤文字だったりのところ。)



 

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